ウルトラクイズといっても適当に素人がクイズを作ってるのだろうなんて思っていませんか?
それは大きな勘違い!
今回は、サイゴンウルトラクイズのクイズ制作担当の秋利美記雄(あきとし みきお)さんの紹介です。
名古屋大学1年生のとき、第8回アメリカ横断ウルトラクイズに挑戦、いきなり後楽園球場での第1次予選を突破、グアム島まで勝ち進むが、泥んこクイズで泥に塗れ、惜しくも敗退する。
雪辱を期して、自身と仲間の実力底上げのために、クイズ研究会創設、初代会長に就任する。
1986年、クイズの学生日本一を決める大会「マン・オブ・ザ・イヤー」にて、準優勝。この大会、優勝したのは同じ大学の後輩・仲野隆也(クイズ制作会社セブンワンダーズ現社長)で、予選では1位秋利、2位仲野で、名古屋大学の完全大会制覇を成し遂げた。準決勝では、秋利は、のちの第11回ウルトラクイズ優勝者・稲川良夫、第13回ウルトラクイズ優勝者・長戸勇人(いずれも立命館大学)の両名を早押しクイズで破って決勝進出、学生クイズ界で名古屋大学の黄金期を築いた。
1989年、第13回アメリカ横断ウルトラクイズでは第3位。準決勝のボルチモアでの1時間以上の死闘はウルトラクイズ史上、最高の名場面の一つとされる。
その後、クイズ・タイムショック優勝。カルトQ~競馬編出場。
1億2000万人のクイズ王決定戦では第1回大会シード、2回戦進出、第2回大会では準決勝進出、第4位。年末特番グランドチャンピオン大会シード。
ギミア・ブレーク史上最強のクイズ王決定戦第2回大会本選出場。
他に、テレビ番組以外の学園祭クイズなどのクイズ・イベントでの優勝は数知れない。
当時は常に全国ランキング10位内に入る実力者とされた。
プレーヤーとしての経歴もさることながら、後輩の指導者としても有名で、数々の優秀なプレーヤーを育てたことから「クイズ・ティーチャー」の異名も持つ。
どうです?
すごいでしょ!
Googleで秋利と入力すれば候補予測で美記雄と出てくるくらい有名な人です。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております。
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